徳島地方裁判所 昭和40年(わ)470号 判決 1967年3月24日
被告人 植田芳雄
主文
被告人を懲役三月に処する。
押収してある現金二、〇〇〇円(昭和四一年押第五一号の四の二)、同一、〇〇〇円(右同号の八)、同五、〇〇〇円(右同号の二の二)、同一〇、〇〇〇円(右同号の五)、同五〇〇円(右同号の七)および封筒二枚(右同号の四の一、二の一)ならびに白紙(右同号の六)は、いずれも没収する。
訴訟費用は全部、被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四〇年一一月二五日施行の徳島県阿南市議会議員選挙に際し立候補した者であるが、自分の当選を得る目的をもつて
第一右の立候補届出前である
一 同年一一月上旬ごろ、右同市富岡町内町喫茶店「キヤツスル」店舗内において、選挙人である柳川知枝子および同門脇和子に対し、自分のため投票することを依頼し、その報酬として、チツプ代名目で封筒(昭和四一年押第五一号の四の一)入りの現金二、〇〇〇円(右同号の四の二)を提供して供与の申込みをなし
二 同年同月一〇日ごろ、右同市福井町馬路一二二番地阿部ツネコ方において、選挙人である同人に対し、自分のため投票することを依頼し、その報酬として現金一、〇〇〇円(右同号の八)を提供して供与の申込をなし
三 同年同月一三日ごろ、右同市福井町辺川三五番地井坂万男方において、選挙人である同人に対し、自分のため投票することならびに投票とりまとめの選挙運動を依頼し、その報酬として封筒(右同号の一の一)入りの現金九、〇〇〇円(右同号の一の二はその一部)を提供して供与の申込みをなし
四 同年同月一四日ごろ、右同市富岡町南向二三番地の一七岩佐励方において、選挙人である同人の妻岩佐栄子に対し、自分のため投票することならびに投票とりまとめの選挙運動を依頼し、その報酬として封筒入りの現金二、〇〇〇円を提供して供与の申込みをなし
もつてそれぞれ立候補届出前の選挙運動をなし
第二
一 同年同月一七日ごろ、右同市福井町日の地三一四番地亀尾美一方において、選挙人である同人に対し、自分のため投票することを依頼し、その報酬として封筒入りの現金二、〇〇〇円を提供して供与の申込みをなし
二 前同日時ごろ、右同市福井町日の地一九二番地の三亀尾関太郎方において、選挙人である同人に対し前同様の依頼をし、その報酬として封筒入りの現金二、〇〇〇円を提供して供与の申込みをなし
三 前同日時ごろ、右同市福井町大宮一〇二番地樫本アサエ方において、選挙人である同人に対し、前同様の依頼をし、その報酬として封筒入りの現金三、〇〇〇円を提供して供与の申込みをなし
四 同年同月一七日ごろ、右同市福井町大谷四五番地石炉幾助方において、選挙人である同人に対し、前同様の依頼をし、その報酬として封筒入りの現金一、〇〇〇円を提供して供与の申込みをなし
五 同年同月二〇日ごろ、右同市福井町小谷一一八番地の二吉崎正方において、選挙人である同人に対し自分のため投票することならびに投票とりまとめの選挙運動を依頼し、その報酬として封筒(前同号の二の一)入りの現金五、〇〇〇円(右同号の二の二)を提供して供与の申込みをなし
六 前同日時ごろ、右同市橘町汐谷一〇九番地の一田中幸栄方において選挙人である同人に対し、前同様の依頼をし、その報酬として現金一〇、〇〇〇円(前同号の五)を提供して供与の申込みをなし
七 前同日時ごろ、右同市福井町大谷四〇番地石炉長次郎方において、選挙人である同人に対し、自分のため投票することを依頼し、その報酬として封筒入りの現金一、〇〇〇円を提供して供与の申込みをなし
八 同年同月二三日ごろ、右同市福井町浜田一一二番地表木カメノ方において、選挙人である同人に対し、前同様の依頼をし、その報酬として白紙(前同号の六)に包んだ現金五〇〇円(右同号の七)を提供して供与の申込みをなし
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用および量刑理由)
判示所為のうち、第一の一、二、三、四の現金供与の申込みの各点は公職選拳法二二一条一項一号に、事前運動の各点は同法一二九条二三九条一号に、第二の一、二、三、四、五、六、七、八の現金供与の申込みの各点は同法二二一条三項一号一項一号にそれぞれあたるので右現金供与の申込みの各罪につき所定刑中懲役刑を、事前運動の各罪につき所定刑中禁錮刑をそれぞれ選択するところ、右判示第一の現金供与の申込みと事前運動の行為は刑法五四条一項前段の一所為数法の罪であるから同法一〇条により刑の重い現金供与の申込みの各罪により処断することとするが、以上は刑法四五条前段の併合罪であるので同法四七条一〇条により法定の加重をなした刑期範囲内で刑を考える。
本件犯行は、その回数は少なくなく、かつ肩書住居の阿南市議会議長選挙に際しての贈収賄事件発覚による同市議会解散後の同市議会議員の選挙に関しなされ、同市民の期待を空しく破つた破廉恥的行為であり、また被告人は当公廷において判示金員供与申込みの趣旨について市議会議員選挙とは無関係であると終始一貫して供述をなしているのであるが、なるほどそのような供述をもつて直ちに、刑事被告人の反省心欠如のあらわれとみなして刑事責任を追及するにあたり殊更に不利な取り扱いをなすことは、被告人が默秘権を有する以上、一般に許されないというべきであろう。しかし、前述のような供述をなす被告人の属性、とくに社会的地位に対する認識についての供述内容ならびに態度からして同人の反省心の有無・程度を判定することは、何ら、前述の被告人の刑事訴訟法上の権利を侵害するものといえない。けだし、被告人の犯罪の成否に関するものでないからである。被告人は、当公廷において、市議会議員の地位を辞する意思のないことを明言している。なるほど、被選挙権を停止される有罪判決が確定しないかぎり、自己の意思に反して右の地位を奪われないであろう。しかし、市議会議員は、市民の付託に応え、かつ耐えなければならない。つまり政治的良心の問題である。前述のような被告人の当公廷の供述は、果して、被告人に政治的良心の存在を肯定しうるであろうか。被告人には、判示所為に対する反省心があるものとは、とうていうかがえない。憲法上保障されている地方自治の危機、就中地方自治議員の自粛がしばしば論議されている現在、当裁判所も、これに無関心であるべきでない。政治的良心を欠く地方自治議員の選挙犯罪に対しては、きびしくその刑事責任を追及すべきである。有罪判決における被選挙権の停止の言渡は、なるほどそれ自体有力な刑罰であろうが、本件において被告人に対し被選挙権停止を言渡しても、それが直ちにまたは近い将来において確定しないであろうことは、前示のように被告人の自己の市議会議員たる地位に対する認識についての供述からして明らかである。とすれば、結局右の被選挙権停止の効果は十全なものではない。この際、本件選挙犯罪に対しては、自由刑、しかもその実刑をもつて臨み、被告人に対しその責任を追及し、その強い反省を望むものである。
以上の次第であるから、被告人を懲役三月に処するを相当と認める。
主文第二項掲記の各物件は、刑法一九条一項一号二項によりいずれも没収する。
訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用し、その全部を被告人に負担させる。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 吉川寛吾)